創造のあそび場

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短編小説『あなたとこの街で暮らしたい』全文掲載~

 

タイトル

「あなたとこの街で暮らしたい」 

          作:スマイル・エンジェル

 

☆この作品の背景は、最新作情報①にあります。こちらをまずは、ご参照ください。☆

 

《あらすじ》

蒲田の町工場を父親から継いだ幸治は、38歳の誕生日に3ヵ月前に友人の紹介で知り合った25歳のさつきから、デパートの屋上にある観覧車の中でプロポーズされる。

なぜ、さつきが幸治との結婚を決めたのか。その理由は…。

                           (文字数:99、978)

 

 「この街で暮らしたいんです」と言って、さつきは、少し恥ずかしそうに俯く。

円形の観覧車の密室で、座席の対角に座るさつきとの距離に、幸治は身の置き場に困る。

「私、3人姉妹なんで、子供は、3人欲しいんです。今、25歳だから、余裕でいけるかなって」と幸治の反応を覗う。

幸治は、田代製作所と胸元に刺繍された作業着の第ニボタンを片手で留めたりはずしたりする。

幸治が緊張した時にするくせだ。

「あの~、私…この街で暮らしたいんです。子供は、3人欲しいんです…」と幸治の目を見て、ゆっくりと言う。

「そう、ですか…」とさつきから目をそらし、窓の外を見る幸治。

観覧車がゆっくりと下っていく。

「3分30秒です」少し怒った口調のさつき。

「はっ?」

「もう、地上に着いちゃうし、遠回しで気がつかないみたいなんで、はっきり言います。私、幸治さんと結婚して、この街で暮らしたいです」

「け、け、結婚…って。え~え~~~~~!?」と大声で叫ぶ幸治。

幸治とさつきが乗った観覧車のボックスが、地上に着き、係員がドアをあける。

先に降りる、さつき。

幸治も慌てて降りる。

デパートの屋上にある広場は、平日のランチタイムを少し過ぎて、若い母親や祖父母が小さい子供を遊ばせている。

先に降りたさつきが一人でどんどん早足で歩いて行く。

幸治が戸惑いながら「あ、あの!待って」とやっとさつきの腕をつかむ。

ゆっくりと振り向いたさつきに「あの……いや~その…」と言葉を探す。

幸治の携帯が鳴る。

画面を見て、さつきに謝り、電話に出る幸治。

「え~。そっか。分かった、すぐに戻るよ」

幸治、さつきに両手で合掌して「申し訳ない!どうしても、今すぐ戻らなくちゃならないんだ」

「大丈夫です。仕事中なのに無理言って、時間作ってもらったんで。お誕生日のお祝いができて嬉しかったです」とお弁当箱の入った手提げを軽く持ち上げる。

「じゃあ。また」

「はい。また」

幸治は、急いで、走っていく。

さつきが、幸治を見送り。

2人の背後にゆっくりと観覧車が回っている。

 

入口に「田代製作所」と看板が掲げられた町工場。

沢山の大型機械が稼働し、数人の男性の職人が作業をしている。

幸治は、この町工場の2代目の社長をしている。

工場の中を小走りで奥の事務室に急ぐ幸治。

事務室に入ると、「どこに行ってたの?吉本さんお待ちよ」と事務員をしている母の聡子に声をかけられるが、無視して行く幸治。

呆れてため息をつく聡子。

 

その晩、田代製作所の隣にある、幸治の自宅のダイニングの食卓は、ちらし寿司、から揚げ、ポテトサラダとひな祭りを祝う食事が並べられている。

聡子が、皿などを並べていると、濡れた髪をタオルで拭きながら、部屋着に着替えた幸治が入ってきて、「お~出ました、ちらし寿司」と言って、手でから揚げをつまむ。

「ちょっと!手でやめてよ。まったくいい歳して、行儀が悪いんだから」

冷蔵庫から缶ビールを出し、飲もうとする幸治。

「待って。お父さんが来てからにしてよ」

しぶしぶと席に座る幸治。

田代製作所の作業着のままの父、芳雄が入ってきて。

「あら、お父さん、まだ、着替えてないんですか。も~、幸治が先にお風呂に入るから」

「いいんだ。まだ、仕事が残っているから、食べたら戻る」

「そうですか」と聡子が、ハマグリのお吸い物を芳雄に渡す。

受け取った芳雄が「由美子は、どうした?」

「会社の人と食事して帰るって。もう、30にもなると、ひな祭りって言ってもね」

「しかも、俺の誕生日だし」缶ビールを掲げて飲み干す幸治。

「そうか。幸治は、いくつになった」

「38」

「もう~、38歳にもなって、結婚もしないでね」と聡子が幸治にもお椀を渡して。

「…今日、プロポーズされた」

「プロポーズって!ちょっと、誰に!」と聡子が大声で。

「女性の方から、プロポーズされたのか?」

「うん…」

「それで」

「えっ?」

「ちゃんと、受けたんだろう」と芳雄が真顔で。

「…いや…」とバツが悪く俯く幸治。

「やだ。返事しなかったの?」

「だって、母さん。吉村さんが待っているから、今すぐ帰ってこいって電話してきたじゃないか」

「え~あの時、そんなだったの?」

「彼女、さつきさんって言うんだけど、俺の誕生日だからって、お昼にお祝いしてくれるってさ。駅のデパートの屋上で会ったんだ」

「お返事しないって。でも、幸治はそのさつきさんと結婚したいの?」

「…うん…」

芳雄が怒ったように「行ってきなさい」

「行くって、どこに?」

「そのプロポーズしてくれたさつきさんの所にだ。ちゃんと返事をしてきなさい」

「え~、今から?」

「そうだ。今、直ぐにだ」

「そうよ。38歳になったおじさんと結婚してくれるなんて、もう、こんなありがたいお話ないでしょう。さつきさんは、おいくつなの」

「25歳」

「また、随分と若いじゃない。でも、本当に幸治と結婚したいのかしら。家は、財産もないのにね」

「この街で、暮らしたいって。子供も3人欲しいって」

「あら。随分しっかりしているじゃない」

「料理も美味い。今日、手づくりのお弁当を作ってくれたんだ」

「いいから、早く、着替えて行け」と芳雄の勢いに圧倒されて、席を立つ幸治。

 

商店街の一角のシャッターが半分降りた店から灯りが漏れている。

花屋の店の中で花束をあつらえる陽子。

「こんな時間に無理言って、悪いな」とスーツ姿でイスに座っている幸治。

花束にリボンを結びながら陽子が「どういたしまして。大事な幼馴染の一世一代の晴れ舞台。

真心込めて作らせて頂きました。でもさ、幸治には、その彼女もったいなくない?なんか騙されているんじゃないの?」

「俺もさ、友達の奥さんから、従妹だって紹介されてさ。初めて会ったのが3ヵ月前で、今日で3回目だぜ。それで、プロポーズもな」

「そうね。かなりの積極女子だね。歳はいくつ?」

「25歳」

「やっだ~、若いじゃない。私たちと同じ歳くらいなら、焦ってって、感じだけどね。やっぱり、幸治、それ、なんかあるよ」

「なんかって、何だよ」

「う~ん。幸治はさ、一応、社長っていっても、町工場でしょ。それに、見た目もまぁ、普通。それに、この街に住みたいっていうのもね~」

「なんだよ。その言いぐさは。俺は、この街が好きだよ。この街で生まれて育って、良かったって思っているし」

「そうなの?私は、違う土地にお嫁に行きたかったわ」

「陽子だって、これから、まだ、嫁に行けるだろ?」

「だってさ~、誰かさんは、もう、売約されちゃったしさ」と出来上がった花束を幸治に渡す。

「ありがとう」

「でも、その彼女と、結婚したいって思うんでしょ」

「ああ。俺には、もったいないくらいだけどね」

「そう…。幸治ってさ。昔から、ほんと鈍いしね」

「鈍いって、なんだよ」

「もう、いいよ。お幸せにね。早く、彼女の所に行ってあげて」

 

さつきの住むマンションの下で、幸治が花束を持ち、待っていると、メガネをかけたさつきが降りてきて。

「上がってもらいたかったんだけど、ごめんさない」

「いえ、こんな遅くに申し訳ありません。あの、これ、どうぞ」と花束を差し出す幸治。

「え~、すごい!こんな素敵な花束を。嬉しい。ありがとうございます」

「あ、あの、今日は…。せっかく来てくれたのに」

「いえ。私の方こそ、お仕事忙しいのに、かえってご迷惑になって、ごめんなさい」

「あ、いや。その、話ですが…」

じっと、幸治を見つめるさつき。

「プロポーズだけど…いいのかなって」

「えっ?」

「その、ほんとに、俺で、いいのかな~って。だって、さつきさんすごくかわいいし。若いし、俺なんかで、いいのなかって」

「言ったじゃないですか。私、幸治さんの住む街で暮らしたいって」

「でも、俺達、出会ってまだ…」

「私は、幸治さんに最初に会った時に“この人と結婚する”って思ったんです」

「えっ?そうなんですか」

「信じてもらえないかもしれないけど、私、子供の頃から、色々見えたり、感じたりするんです」

「見えたりって?」

「魔女とか宇宙人とか。その他、色々と」

「魔女とか宇宙人ですか」

「変だって思うでしょうけど、ただ、人一倍、色々と感じるんです。幸治さんと出会った時も、初めて会ったのに懐かしかったんです。あ~この人にずっと、会いたかったって心から思いました。もしかしたら、前世も夫婦だったのかもしれませんね」

「ちょっと、話が、よく分からなくなってきたんだけど」

「いいです。わからなくて。私は、今日、幸治さんに絶対に会いたかったんです。私にとって、3ていう数字は、運命の数なんです。今日は、3月3日で、幸治さんの誕生日。

出会って3ヵ月目で、3回目のデートで。まだ、あります。私は、就職して今年で3年目で」

「それで、いきなりプロポーズ?そんな事で、結婚を決めていいの?」

「そんな事って。私は、自分の直観を信じます。それに、幸治さんの住む街、好きです」

「俺も、好きだよ。自分の生まれ育ったとこだし」

「私にとって、これから、結婚して住む街って、結婚相手と同じくらい大事なんです。だって、女って住む街が生活の大半を過ごす場所ですよね。そこで子供を育てていくわけだし。街とそこに住む人々とのつながりを考えると幸治さんの住む街は、幸治さんとセットで、私には、相性がいいんです」

「それも、その直感?」

「それもありますけど。実は、あのデパートの屋上の観覧車の中で告白すると幸せになれるって、今、ネットで話題になっているんですよ」

「ネットで。あの観覧車が」

「そうです。幸せを届ける観覧車で、名前も“幸せの観覧車”って。ステキじゃないですか」

「幸せの観覧車ね。子供の時には、あの屋上によく行ったけど、正直、この間久しぶりに行って、まだ、あるんだって思ったよ」

「そしたら、いとこから幸治さんを紹介されて。幸治さんが住んでいる街が、あの観覧車のある街だって知って。これってすごい運命だって、ひらめきました。それに、私の父も、母に遊園地の観覧車でプロポーズしたんです。その観覧車は、日本一大きな観覧車だから、時間は、たっぷりあったみたいですけど」

幸治は、観覧車での失態を思い出して「ごめん。俺、君の思い、全く理解してなくて」

「いいぇ。私が、勝手にシナリオを作って、盛り上がっているんで。あっ、この間、屋上の遊園地に行って思い出したんですけど、私が、子供の時に住んでいた街の近くにあったデパートの屋上にも遊園地があって。そこには、メリーゴーラウンドがあって、ミニ動物園もありました。その動物園にダチョウがいて私、追いかけられたんです」

「え~ダチョウに?」

「そうなんです。ダチョウってとっても足が早くって、泣きながら逃げたのを覚えています」

「それは、なかなかできない体験だったね」

「幸治さんが育った街を知りたくて、一人で、街を歩いたんです。駅前の商店街。あそこも、好きなんです。“欲しい物がきっと見つかる”ってキャッチコピー通リで、もう、色んな物を買っちゃって。いつも、帰りは荷物が重くて大変でした」

「西口商店街ね。俺は、同級生が何人か店を継いでるから、行くけどな…どこにでもあるっていういかさ」

「それに、私、子供の頃から、商店街のある街に住むのが夢だったんです」

「観覧車と商店街がある街だから。俺と結婚するの?」

さつきは、じっと幸治を見つめて

「一番は、初めて会った時に“この人と結婚する”って思った直観です。でも、幸治さん、正直に自分の事、全部話してくれましたよね」

「えっ?あ、あ…」

「会う前に従妹から、幸治さんの事は聞いていたから、おおよそは知ってましたけど、正直に話してくれて、誠実な人だって思いました」

幸治は、2回目のデートで、子供の頃から、体が弱くて、スポーツが苦手で、いじめられて不登校になったり、高校を卒業しても、仕事が続かずに職を転々として、フリーターやニートになった時期もあったと。そして、親が築いた町工場を7年前に継いだと。

「だから私は、幸治さんの誠実な人柄に惹かれました」

さつきに真っすぐに見つめられて幸治は決心し。

「色々とぐちゃぐちゃ言って申し訳なかった」

幸治が、居住まいを正し「さつきさん。俺と、結婚してください」

「はい。喜んで」と笑顔のさつき。

「いや~ほんとかわいいですね。その、メガネも」

「えっ?メガネがですか」

「あ、いや。さつきさんの全部が、かわいいんですけど、メガネ姿のさつきさんも。また、かわいいって」

「それは、どうも。ありがとうございます」

「かなり遅くなっちゃって。ごめんなさい。じゃ、また」

「はい。また」

「お休みなさい」

「はい。おやすみなさい」

帰って行く幸治を見送るさつき。

 

翌日、田代製作所の工場で、熟練職人について、保が工具を使って作業をしているが、怒られてばかりいる。それでも、一生懸命に作業している保。

離れた所で、その様子を見ている幸治。

 

工場の隣の駐車場で、休憩時間にしゃがみこんで携帯をいじっている保に缶コーヒーを差し出し、隣にどしっと座る幸治。

「どうだ。仕事、慣れたか?」

保が、コクリと頭を下げて缶コーヒーを受け取る。

「俺も、まったくだめでさ」

保が、うつむき気味で、幸治をちらりと見て。

幸治は、コーヒーを飲み「俺さ、31の時に親父から、会社を引き継いだんだけどさ。工業高校の機械化を卒業しても、こんな工場継ぐ気は全くなくってさ。いろんな仕事を転々としたんだ。だけど、どれも続かなくて。結局、フリーターになって、そして、ニートになったんだ」

うつむいたままの保に構わなく。

「親父が心臓の発作で倒れて入院して、仕方なく社長になったけど、仕事はまったくわからないし。不景気で仕事も極端に減るし、資金繰りも上手くいかなくって、もう、だめかと思った時に、昔からなじみのある同じ町工場の社長や職人たちが、仕事のノウハウや機械の使い方まで教えてくれてさ」

保が、幸治を少し見る。

「自分達だって、仕事が減って大変だったのにだぞ。商売敵でもある、うちの工場を助けてくれたんだ。昔、オヤジに世話になったからって。ここは、そおゆう人達の街なんだよ。だから、俺も、恩送りのつもりでさ」

保が小さな声で「オン・オクリ?」

「そうだ恩送り。知らないか?」

保がコクリと頷く。

「情けは人の為ならず」って言葉知ってるだろ。

保が更に困惑して「はぁ…」

「人に親切にすると巡り巡って自分に良い事が返ってくる。だから人に親切にしておいた方が良いってことだ」

また、俯く保の肩を幸治が、ポンと叩き

「保はいくつだ」

「27です」

「そうか…俺も、まだまだ、未熟だけどさ。一緒に頑張ろうぜ」

コクリと頷く保に「さぁ、仕事に戻るか」と呟き、先に行く幸治。

 

田代製作所では、数人の職人が真剣に機械や工具を使い仕事をしている。

幸治が芳雄に、仕上がった部品を見せているが「ダメだ。ここが、甘いぞ」と芳雄に言われて、

部品を受け取り、納得してもう一度機械に部品を入れる幸治。

遠くから、その様子を見つめる保。

職人たちが、黙々とそれぞれの仕事を進めていく。

保も、一生懸命に仕事に取り組む。

 

駅前のバーボンロードの一角にあるバー「ロンドン」の店内。

カウンターだけの小さい店の中のカウンターの中でウエスタンハッドをかぶった店主の淳が洗い物をしていると、幸治が入って来て「よう!」と席に座る。客は、誰もいない。

「おい、ずいぶんと寂しいな。バーボンのロックで」

「あいよ。さっきまで、大盛況だったんだけど、一回りしたんだよ」

「なんか、食うものあるかな?」

「やきそばならすぐにできるぞ」

「お~、頼む」

淳がバーボンのロックを出してくれて、それを一口飲んで「俺、結婚する事になった」

「そうか」淳は、やきそばを作り。

「驚かないのか?」

「あれだろ、前に一緒に店に来た女子アナ風のカワイイ子だろ」

「ああ、そうなんだ」

「あの子、店に来たんだよ」

「え~いつ?」

手を止めて空をみつめて「お前たちが一緒にきた1週間後くらいかな」

「そうなんだ」

「いろいろ聞いていったけどな。お前の食べ物の好みに、どんな子供時代だったか、あと女関係。まぁ、お前は昔から、あんまり女っけはなかったからな。言う事もないけどな」

「ほっとけ」

「しかし、お前のどこに惚れたんだろうな。彼女なら、よりどりみどりだろうしな」

「そうなんだよ。俺も、信じられなくってさ」

「ここまで、一人でいたんだ。遠慮なく、結婚しろ」

「ああ」

「そういえば、この間、陽子が来たぞ」

「そうか」

「彼女に花束を贈ったんだって」

「陽子が言ったな」

「俺、てっきり、お前たち最後は一緒になるって思っていたけどな」

「え~、俺と花屋の陽子が?」

「だって、お前たち、小・中学と一緒だろ。その時から、随分仲良かったじゃないか」

「そうか~」

「陽子は、そうだと思うよ」

「今まで陽子は、何も、言わないぞ」

「だから、お前は、鈍いんだよ。その、女子アナ風の彼女にプロポーズされなかったら、まだ、独身だったよ。感謝しろ、その彼女に」

陽子にも鈍いと言われた事を思い出し、幸治は、バーボンを飲み干した。

淳が、焼きそばを出してくれて、黙々と食べる幸治。

「それで、日取りとか決まったのか」

「ああ、5月の真ん中の日曜日に駅のデパートの屋上で」

「はぁ~?あの遊園地がある所か?」

「そうなんだよ。彼女が、あそこでやりたいって。あの観覧車を作った時に、大量にうちのねじを使ってもらってさ。そのつながりで、支配人に話したら、午前中の1時間なら、貸し切りにしてくれるってさ。それに、あの支配人は、地域とのつながりを大事にするしな」

「へぇ~、そうなんだ」

「雨が降らなきゃいいけどな」

「さつき晴れって、言うから、降らないさ」

「そうだな。あっ、彼女の名前“さつき”って言うんだ」

「それは、また、ビンゴだな。じゃあ、俺は、仲間のミュージシャン連れて演奏しようか」とギターを弾く真似をする。

「お~頼むよ」

 

ある日曜日、田代製作所の工場の中を歩いて行く幸治とさつき。

工場は休みなので、静まり返っている。

さつきが立ち止まって、じっくりと機械を見たりして、時折、幸治が説明する。

「私、実は、こおゆう機械、好きなんです。父が車のエンジニアで。子供の頃から、父について車の修理とか見てたので」

「え~そうなんだ。俺は、今だに親父には、まったくかなわないかな。この工場で一緒に働くようになって、親父のすごさを改めて知ったし」

「すてきですね。お父さんと一緒に働くって」

「最初は、かなり抵抗したけどね。今は、もっと、工場を大きくして、世界にも進出したいって思うから」

「すご~い。世界進出」

 

幸治の自宅の居間のソファに並んで座る幸治とさつき。

少し緊張気味の芳雄が向かいに座っている。

聡子がお茶を運んで来て、それぞれに出して、芳雄の隣に座り、

「まぁ~、さつきさん。かわいらしい方でね。本当に、この子でいいんですか?」

「はい。どうぞ、よろしくお願いします」と深く頭を下げるさつき。

慌てて、頭を下げる、芳雄と聡子。

すかさず聡子が「あの、新居なんだけどね。近くにできた新築のマンション、借りてちょうだいね」

さつきが驚いて幸治の顔を見てから聡子に「え、でも、私こちらで一緒に」

諭すように聡子が「お父さんとも相談したんだけど、私たちも、まだ元気だし、それに家にはまだ、お嫁に行かない小姑がいるから。しばらくは、二人で暮らしてちょうだい。でも、お仕事は、手伝ってもらうわね」

「はい。先ほど、工場を見学させてもらって、すごくわくわくしました。今の仕事柄、経理もできますけど、私も、工場で働きたいです」

芳雄が少し身を乗り出して「工場で、働きたいですか?」

「幸治さんにもお話したんですけど、子供の頃から機械いじりが好きで。少しだけ自信があります」

「私も、お父さんがこの工場をはじめた時、まだ、赤ん坊だった幸治をおんぶして一緒に働いたわ」と懐かしそうに言う聡子。

「幸治さんが、もっと工場を大きくして、世界進出したいって夢を一緒に叶えたいと思います」

聡子が少し涙ぐみ「幸治…あなた、そんな事考えていたの」

「ああ、この田代製作所の技術は、この地域では、どこにも負けない。親父の神技をまだまだだけど、俺達が引き継いで、世界に送りだすよ」

「ちょっと、お父さん。まだまだ、引退できませんね」と涙を拭う聡子。

芳雄も嬉しそうに「そうだな。まだまだ、引退できないな」

「半人前の俺をここまで、育ててくれたこの周りの工場の人達にも、恩返しがしたいんだ。

だから、他の工場にも、仕事を回せるようにもっと、工場を大きくして、沢山受注を受けられるようにしたいんだ。勿論、父さん、母さんにもだけどね」

「頼むぞ。幸治」と嬉しそうに微笑む芳雄。

頼もしい幸治を眩しく見つめるさつき。

それを嬉しそうに見つめる聡子。

 

西口商店街を抜けた所にある写真館「OKUMURA」

入口のショーウインドに飾られたモノクロの昭和30年代蒲田の街の写真。

その隣には、カラーの昭和50年代と数年前の同じ場所の蒲田の街の写真。

「 “街づくりは、人づくり・心づくり・ふるさとづくり。100年先も栄え光る街へ・蒲田”」

と写真の上に大きく書かれたコピー。

反対のショーウインドには、笑顔の数組の家族の写真が飾られている。

その店内で、店主の奥村が、笑顔で並ぶさつきと幸治の写真のシャッターを押している。

奥村がシャッターを押しながら「幸治が、こんな若くてかわいいお嫁さんをもらうとわな。奇跡だな」

「だから、夢じゃないって証拠に残そうと思ってさ。奥村もおじいさんの代からだから3代目なんだよな」

「それで、入口の所に昔の街の写真が飾られていたんですね」

奥村が、写真を撮り終えて「そうなんですよ。僕は、大学から、ニューヨークに写真の勉強で行っていて、仕事の拠点も、ヨーロッパだったんで。本当は、こんなに早く、ここに戻りたくなかったんですけどね」

「え~そうだったんですか」

「父が、7年前にガンで亡くなりましてね。丁度、その時に、東北の震災もあって。これは、日本に戻らなくてはと思いました」

「奥村は、海外でも、充分、やっていけてたもんな」

「そうだな。でも、今は、ネットで作品はどこにいてもやりとりできるしさ。便利な時代になったよ」

「あの~ご家族は?」と遠慮がちに聞くさつき。

「2回外国人と結婚しましたが、今は、一人です」

「奥村は、昔っから、モテたしな。このルックスでカメラ向けられたらな」

「私も、そう、思います」

少し面白くない幸治を気にして、さつきが取り繕うように。

「幸治さんも、奥村さんも、すごく羨ましいです。親の代からこの街に住んでいて、そして、気の合う友達同士が居て。でも、私も、これから、ここが、私の“ふるさと”になるんだなって。同じふるさとの仲間になれるって思うと、すごく嬉しいです」

「ふるさとか…。俺の回りは、2代、3代ってここで工場や商売してたりで、結婚してもそのまま住んでる人が結構いるから。今まであまり考えなかったけど。そうだよな。ずっと生まれ育った街に住み続けるって、やっぱりこの街が好きってことか」

「そうですよ。そおゆう魅力がこの街にはあるんですよ。色んな所、歩いてみて、そう思いました」

「そうだな。俺も、色んな国を旅して、やっぱり最後は、この街で暮らしたいって思ったから帰ってきたしな」

「そうなんですよ。私も、ずっとこの街で暮らしたいって、心から思います。“I LOVE カマタ”です」

「I LOVE カマタか。いい響きだな」

「奥村さん。これから、私たちの家族が増えていくごとに、また、いろんな記念日を撮ってくださいね」

「そうだよ。結婚式の写真も撮ってくれよな」

「おお。喜んで」

 

五月晴れの日曜日。

駅のデパートの屋上は、沢山の正装した男女で賑わっている。

バルーンや沢山のお花で飾られた華やかなウエディングの装飾。

入口付近から敷かれたレットカーペットの上を純白のウエディングドレス姿のさつきが父親にエスコートされて入場してくる。

割れんばかりの拍手で迎える人々。

中央のステージで、タキシード姿の幸治が緊張した表情で立っている。

その傍で、デパートの支配人がにこやかに立っていて。

ステージに並んで立つ幸治とさつき。

支配人が立ち合い人となり、人前での挙式が行われる。

さつきのベールを幸治がめくり、ゆっくりと誓いのキスをする二人。

奥村が写真を撮る。

場内から、声援と拍手が飛び交い。

さつきが、ブーケを天高く投げる。空を舞うブーケを見上げる人々。

それを受け取る、陽子。

 

ステージで淳を含む、5人編成のバンド演奏と女性ボーカルが祝福の歌を奏でる。

舞台のセンターで軽くスイングダンスをする幸治とさつき。

場内も、それぞれが、楽しくリズムを取る。

 

観覧車が、ゆっくりと回転していく。

どこまでも晴れ渡る青空に、大きな虹がかかる。

                                    おわり

                       スマイル・エンジェル☺☺☺