短編小説『幸せの観覧車』全文掲載
短編小説 タイトル『幸せの観覧車』
作:スマイル・エンジェル
☆この物語が生れた背景は、前号にて掲載しています☆
《あらすじ》
蒲田で3代続く写真館を営む奥村は、街の安全を守る防犯のパトロール隊を主催するなど、地域を愛する。かつては、外国でカメラマンとして成功していたそんな、奥村の帰国のきっかけとなったのは。ある出来事と出会いからだった。
(文字数:9,026)
蒲田中学校の校門に掲げられた「創立50周年記念祝賀祭」の立て看板。
同中学の体育館に全校生徒が、座っている。
舞台に設置された大型スクリーンに投影された50年前の蒲田の街のモノクロ写真。
その横で、俺、奥村雄大はパソコンを操作し、
「この写真が、この中学校ができた時の、蒲田の街の風景です。そして、今、現在は、こんな感じです」と説明する。
現在の蒲田の写真が映されると、場内からどよめきが起きる。
「50年経つとこんなに変わるんですよね。50年前の写真は、私のおじいさんがこの街で写真館を始めた時から撮影したものなんです」
再度、50年前の蒲田の様々な街や人々のモノクロ写真を投影する。
そして、画面の写真がカラーに変わり、20年前の蒲田の街や人々の営みの写真を投影する。
「この写真は、その後、私の父が、おじいさんから写真館を継いで、20年前に蒲田の街を撮影した写真です」
更に、クリアになった現在の蒲田の街が映し出される。
「そして、今、私が父から写真館を引き継ぎ、今も、こうして、蒲田の街を撮影しています。
この中学も今年で50歳になりました。今、中学生の皆さんは、自分の50年後は、どうなっているかって、今日は想像してみてください」
場内で生徒達が、ガヤガヤと話しはじめる。
ざわついた場内に「少し、私の話をしますが。私は、この街で生まれて、この中学の卒業生です。中学時代から、おじいさんや父の影響で、将来は、カメラマンになりたいって、夢を描いていました」
俺は話に合わせて、ニューヨークの写真を投影させる。
「それで、大学は、ニューヨークの写真を専門に学べる大学で勉強して、その後、イギリス・パリ・ドイツでプロのカメラマンとして仕事をしました」
そして、ロンドン・パリ・ドイツなど世界中の街の風景写真を投影させる。
真剣に話を聞く中学生達。
「私も、今まで住んだり、遊びに行ったどの国にも、もう一度訪れたいと思う街があります。それは、その街で、出会った人々ともう一度会いたいと思うからです」
現在の蒲田写真を投影して。
「私のおじいさんも父も、この蒲田の街で生まれて育ち、生涯この街で暮らしました。そのおじいさんが『“街づくりは、人づくり・心づくり・ふるさとづくり。100年先も栄え光る街・蒲田”』と願って、この街と人々の生きる証として写真に記録しました。これから、皆さんは、この街でずっと暮らす人もいるでしょうし、世界のどこかの国、また、ここ以外の街で暮らす人もいます。それは、また、楽しみですけど、皆さんが生れ育ったこの街は、ずっと皆さんお一人お一人の“ふるさと”です。そして、今隣にいる、共に育ってきた仲間がいます。ここ蒲田の街は、いつでも帰ってこれる最高に居心地のいい場所である事を忘れないでくだい。“I LOVE カマタ”。また、街のどこかで逢いましょう」
昼間に中学での講演を終えた俺は、午後から写真館を開けた。
俺は、6年前に蒲田駅の西口商店街を抜けた所にある、祖父の代から続く写真館を継いだ。
大学から、海外で生活し、カメラマンとして生計をたて充実した生活をしていたが、二つの出来事が俺をここに呼び戻した。
一つは、7年前の東日本大震災。自分の祖国で起こった前代未聞の大惨事を、当時契約していた雑誌社からの依頼で取材する事になった。
二つは、その頃、父がガンの診断を受け、闘病生活も始まった。
父は、俺には、店を継いで欲しいとは言わなかったが、そう先が長くない父の憔悴していく姿に取材が終わってもしばらく、日本にとどまった。
その震災の取材で知り合った被災地の街で写真館を営む佐藤さんとの出会いが、俺の大きな人生の転機になった。
そして、俺は、被災地での佐藤さんとの出会いを思い出した。
佐藤さんはボランティアの方々と被災した写真を洗浄し、所有者に戻す催しをしていた。
俺が、カメラマンだと知ると、是非手伝って欲しいと言われて。
「君も仕事柄わかると思うけど、自分が撮った写真は、全部覚えているんだ。これも、これもそうだ。全部ここで一緒に生きてきた人々が幸せに暮らしてきた記録なんだよ」
泥まみれになった、七五三、結婚式、家族の集合写真、沢山の笑顔の写真を俺と佐藤さんで丁寧に洗浄した。
「もう、逢えない人達もいるけどな」と震える手で写真を洗浄する佐藤さんの頬に涙が落ちた。
洗浄した写真をある婦人に戻すと「これうちの息子の七五三の写真だわ」と涙を流して喜ばれた。
作業を終えて、俺と佐藤さんで、沢山のがれきが積まれた夕暮れの街を歩き
「この街もすっかり変っちまった。一瞬にして、今まであったものが、人が、無くなってしまうんだものな」
黙って、佐藤さんの横顔を見た。
「俺のこれから人生はさ、この街の人々の入学式や結婚式、人生の節目の記念写真や日常の姿を写真で残していきたいんだ。見た人々が笑顔になり、元気になり、勇気づけられる。そうゆう写真を一枚でも多く残していく事が、この街の記録となるしな。たかが、一枚の写真でも、一人一人にとっては、自分がそこで生きてきた人生の証だし、それが、何かの生きる支えになるって信じているんだ」
その時、俺は、ガンと戦い、残り僅かな人生を精一杯生きている父を思い、帰ったら店を継ぐと、伝えようと決心した。
午後8時の閉店の時間が過ぎ、入口の鍵を閉めようかと思った時、
入口のドアがそっと開き、若いOL風の女性が遠慮がちに「あの~すいません。もう、終わりですよね」と顔だけ出した。
「ええ。そうですけど、どういうご要望ですか?」
「履歴書の証明写真なんです。明後日面接で。絶対に受かりたいので。ちゃんとした写真で臨みたいんです」
「いいですよ。どうぞ」
「ありがとうございます。無理言ってすいません」
大柳千夏と名乗る彼女は、落ち着いた色合いの清楚なスーツにショートカットの髪を耳にかけて座席に座る。
出で立ちから、就職して数年は、経っているだろうから、転職用の写真だろう。
カメラのファインダー越に見る千夏の表情は、少し緊張している。
「じゃあ、絶体、就職が決まるようにどびきり美人に撮影しますね」
との俺の言葉に少しリラックスしたのか、自然な表情の写真が撮れた。
「仕上がりに30分は、かかりますけど、このままお待ちになりますか?」
「いいですか。待たせてもらっても」
「どうぞ。良かったら、そちらの写真ファイルでもご覧ください」
千夏は、待合室に置かれている、写真のアルバムを見始める。
現像した証明写真を持って行くと、千夏は、くいるように俺が撮影した東日本の震災のアルバムを見ていた。
「あの、出来上がりました」と声をかけると。
神妙な表情で「この写真、すごく胸に迫りますよね」
「俺が、撮影したんです」
「私、ここまでちゃんと見たの、初めてで。なんて言ったらいいか。ずっと胸に残ります」
「そうあってもらいたくて、ここに置いています。一人でも多くの人に、忘れて欲しくないんで」
「……あの~。私、ここの写真館。七五三、成人式、大学の卒業記念でも撮影してもらったし。初めての就職の時の履歴書の証明写真もこちらで撮影してもらったんですけど、その時は、あなたではなくて…」
「俺の父ですよね。6年前にガンで亡くなりました。なので、俺が継ぎました」
「あ、そう、だったんですね」
「大柳さんは、もしかして、蒲田中の出身ですか?」
「はい。そうです」
「俺も、そうです。でも、俺は、もっと先輩だけど。今日、蒲田中で創立50周年の記念の行事があって、全校生徒の前で50年間の蒲田の街を写真で振り返るっていう講演をしてきたんですよ。この店も俺のおじいさんが、ちょうどその頃にはじめたんでね。当時の写真が残っているんですよ」
「え~、あの中学校、50周年なんですね。それにこの写真館も3代にわたって、ステキですね」
「これからも、僕が、なるべく、長くこの街で続けていきたいですけどね」
「じゃあ、お子様が、また、継いでくれたら、4代目ですね」
「はぁ~。しかし、今の段階では、俺には、妻も、子供もいないのでね」
「えっ。すいません。失礼な事、言っちゃって」
「いえ。子供の一人、二人、居てもおかしくない歳ですから。写真、出来上がりましたので」
「あ、すいません。本当に無理言って。助かりました」
千夏が、受付で、お金を支払い「あの~、また、写真見に来てもいいですか?」
「いつでも、どうぞ。俺、大学から海外で6年前に帰ってきたんで、その時の写真も沢山ありますし。もしも、ご興味があれば、どうぞ」
「今日は、本当にありがとうございました。では、失礼します」
商店街の一角の町会の事務所。
俺は、3年前にこの町内会で、蒲田栄光会と言う、街の治安を守るパトロール隊を立ち上げた。6年前にここに帰ってきて驚いた事に、この街でもここ数年、ひったくりや空き巣の被害が多発していて、犯罪の多い街ランキグで上位に入る悪名を負わされていると知った。
俺は、商店街の店主や知り合いに声をかけて、男6人でパトロール隊を結成した。
その後、6人それぞれが人脈に当たったり、区の広報誌や、他地域の町会での呼びかけで、今では、45人の陣容になった。
基本活動を一人、月2回の午後8時からの街のパトロールとしている。
背中に「蒲田栄光会」と印字された蛍光色のライトグリーンのブルゾンを着て、俺は、壁に貼られている大きな町内の地図に向かって
「今日は、このエリアと、そして、こちらのエリアを二手に分かれてパトロールします」
説明を椅子に座って聞いているお揃いのブルゾンを着た、40~70代の数人の男性達がメモを取っている。
差し棒で地図の一角を指し「特にこの付近は、最近、帰宅時に女性を狙って2件ほどひったくりがありました。また、こちらのエリアは、一件の空き巣の被害がありました。いずれも、まだ、犯人は捕まっていません。今日、初めてこのパトロールにご参加される方も何人かいらっしゃいますが、こうして、地元の私達がパトロールする事で、さらなる被害が防げます。行動は、何かあった時の為に3人組で行います」と説明する。
今日から、初参加の吉田さんと発起人の一人の佐々木さんと一緒に街灯に照らされた住宅街をライト棒を持ち、並んで歩く。
歩き慣れている佐々木さんが目配りをしながら「吉田さんは、こちらに住んでどれくらいですか」と気さくに話かける。
「私は、職場への通勤が便利だったので、30年前にマンションを買って引っ越してきました。それから、ずっと仕事ばかりで、あと2年で定年です。気が付いたら、仕事以外のつながりってほとんどなくって。妻に定年後の事を考えて、少しは、地域に友達を作れって、言われましてね」
「そうですか。女性は、本当にどっぷりと地域に根を張っていますからね。私は、親父の代からここに住んでいましてね。奥村君のお父さんと同級生なんですよ。それで、彼が、地域の安全を守る男のパトロール隊を作るっていうから協力させてもらっています」
「最初は、6名で立ち上げたパトロール隊でしたけど、今ではこうして、佐々木さんや他の方々にご賛同いただき、45名までになりました。なので、ほぼ毎日、誰かが、地域のパトロールに回れるようになりました」
「私は、このパトロールで回るのも楽しみなんですけどね、2ヵ月に一回の連絡会、これは、早い話、飲み会なんですけどね。これが楽しみなんですよ。世代の違う地域の方とざっくばらんに酒を飲んで語り合う。いや~、こうゆうつながりの場を作ってくれた奥村君に感謝しますよ」
「俺も、おじいさんの代からこの街で育ってきて、大好きな街だから、これから先も皆さんが安心して暮らしていける街にしたいって。また、俺、7年前の東日本大震災の直後から現地で復興のお手伝いをしてきましたけど、そこで感じた事は、普段からの地域の人と人のつながりがどれほど大切かってあらためて知りました」
「そうですよね。お恥ずかしい話、私は、マンションに住んでいても、同じマンションにどんな人が住んでいるかほとんど知りません。妻に言われて、改めてこの地域に気軽に話せる知り合いが一人もいないってね。それこそ、妻のお荷物になりたくないって思います」
「吉田さん、次回の連絡会までには、まだ、日がありますから。どうですか、今度の週末にでも一杯いかがですか?美味い肴と酒が飲める店にご案内しますよ」
「いや~嬉しいな!是非、お願いします」
と和やかに夜道をパトロールに歩いて行く。
平日のお昼時間を少し過ぎた頃に千夏が、店にやってきた。
今日の千夏は、カーキ色のTシャツに赤のギンガムチェックのシャツを羽織ったGパン姿に前に会った時よりかなり若く見える。
「あれ、今日、お仕事お休みですか?」
「今の会社、もう、退職するので、有給消化で今日から、6連休です」
「へ~それは、いいですね」
「ずっと、ほとんどお休みも取らずに働いてきたんで、これくらいはいいかなって。でも、一昨日、受けた会社からの採用の連絡待ちなんで、旅行にも行けずですけど」
「それは、落ち着かないですね」
「あの……。お昼、もう、召し上がりましたか?」
「あ、いやまだですけど」
「この間の写真のお礼に、お弁当作ってきたんですけど。食べませんか?」
千夏が手提げを掲げる。
「え~、手作りですか?嬉しいな!じゃあ、遠慮なく」
待合室のテーブルに並べられた2段のお重箱。
一段目には、俵型の3色に彩られたおにぎり、二段目には、から揚げ、煮しめ、きんぴらごぼう、ホウレンソウの胡麻和え、卵焼きなどが、彩よく並べられている。
「これ、全部手作りですか?」
「はい。お口に合うかどうか」
卵焼きを食べると、少し甘めでダシのきいた味覚が絶妙だ。
「美味い!」
そして、次々とおかずを食べる。どれも、とても美味しい。
「いや~、ほんと、全部美味しいですよ!」
千夏は、恥ずかしそうに微笑み。
「ありがとうございます。子供の頃から、両親が友働きで、下に妹と弟がいるので、よく私が、食事の支度をしてきたので。それに、お料理する事がストレス発散なんです」
「それは、いいですね。実は、僕、過去に2回結婚しましてね。二人とも、外国人で、お料理は全くダメでした。今は、女性もバリバリ働くから、女性ばかりが家事をやるわけではないですけど、やはり、男は、こうゆうのを求めますからね」
「そうですか。喜んで頂けて嬉しいです。奥村さんは、世界を回って、沢山貴重な体験をしてこられたんですね。実は、私、今、受けてる仕事が決まったら、アジアのどこかの国での勤務なんです」
「そうですか。それは、決まるといいですね」
「はい。大学時代に一年間、シンガポールに留学していて、ずっと海外で働きたいって思っていたんです」
「大丈夫ですよ。撮影した証明写真に魔法をかけおきましたから。採用されますよ」
「え~、本当ですか~」
「それに、僕が、面接官だったら、こんなに料理ができるなら、絶対に採用しますから」
千夏が笑って「私、自己アピールで、得意な事はお料理って言いました。日本食でおもてなししますって」
「いや、それ絶対ポイント高いですよ。男は、料理の上手い女性に弱いですからね。僕もね、もしも、今度、結婚するなら、毎日の食事をストレスなく作ってくれる人がいいですもんね」
「あの~面接官、女性だったんですけど」
「あ、いや、ねぇ~。でも、同じ女性でも、憧れますよ」
「奥村さんの理想の女性って、そうなんですね」
「いや、男は、みんなお袋の味っていうか、急所はやっぱり胃袋をつかまれる事じゃないですか。俺は、2回の失敗で学びましたけどね」
「勉強になりました。でも、奥村さんみたいに、かっこいいカメラマンに写真撮られたら、女子は、いちころじゃないですか」
「どうですかね~。ここの写真館にいたら、そんな出会いもないですからね。でも
色んな国の地域を回ってきて、最後に住みたい街がここだって思えたんで」
「私と逆ですね。私は、これから、この街から旅立とうとしているのに」
「いいんですよ、それで。どこか違う街で暮らしていても、たまには戻ってこられる居心地のいいふるさがここで。その時には、きっと、まだ、写真館をやってますから、寄ってください」
「……はい……」
そうして、千夏の料理を、久しぶりに動けない程、一人で平らげた。
俺が、お弁当を食べ終わっても、千夏は、夕方まで、おじいさんや父の撮影した、蒲田の街の写真のファイルを見ていた。
「改めて、こんなに沢山、街や人を撮り続けて、おじい様もお父様も素晴らしいですね」
「二人は、ここで店をやっている以上、そう、外に出歩けないですから、空き時間を見つけては、街の写真を撮っていたようです。俺は、そんな生き方は、嫌だって思って、大学から海外に行ったんです」
「ここに戻られたのは、お父様がお亡くなりになったからって伺いましたけど」
「そうですね。父が亡くなったからという事もそうですが。この写真館を継ごうと思ったのは、前に、震災の写真を見てもらいましたよね」
「はい。衝撃でした。今でも、ぐっと胸に迫る写真ばかりで。忘れられません」
俺は、震災で知り合った佐藤さんとの出会いを話した。
「父は、写真館を継がなくっていいって言ってましたけど、佐藤さんとの出会いで、俺も、この街で暮らす人々の幸せの記録を残すお手伝いをしようって決めました」
「……そう、だったんですね……。あの、明日も、来てもいいですか?また、お昼持ってきます」
「それは、嬉しいな」
「奥村さん、あんまり美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があります」
「だって、ほんとに美味しいですよ!」
「じゃあ、また、違うもの用意します」
「お言葉に甘えて、楽しみにしています」
それから、5日連続で、千夏は、お昼を持って遊びに来た。
毎日、違うメニューで、どれも、本当に美味しかった。
そして、決まって、夕方まで、写真のファイルを眺めて帰って行く。
千夏と出会って、2週間が過ぎた夕方の蒲田駅周辺で、俺はカメラを抱えて道行く人を眺めていた。
買い物袋を下げた主婦や、グループではしゃぐ女子高生、仕事途中のサラリーマンなど、沢山の人々が行きかう。
沈んでいく夕日が、活気ある人々の顔を照らす。
俺は、街にカメラを向ける。
カメラ越しに見覚えのある顔を捉える。
カメラを外して見ると、スーツ姿の千夏だった。
千夏も俺に気付き笑顔で近づいてくる。
俺は、思わずカメラを向けて千夏を撮影する。
千夏がはにかんで「もしかして、今、撮りました?」
「あんまり、笑顔がステキだから撮りました」
「…あの…ちょっと、付き合って欲しいんですけど」
俺達は、駅のデパートの屋上の遊園地にきた。
もう、閉園が近いからか、客は誰もいない。
カラフルな観覧車がゆっくり回っている。
千夏が先に歩いて行く。
落ちて行く夕日が観覧車と千夏を照らしている。
千夏の後ろ姿がシルエットになり、また、俺は、カメラのシャッターを押す。
千夏が、くるりと振り返り
「奥村さん。この観覧車をバックに撮ってください」
俺は、カメラのファインダーを覗く。
眩しい千夏を撮影する。
千夏が、係り員に尋ねてチケットを買って、
「奥村さん。一緒に乗ってください」
俺と千夏で、観覧車に乗る。
見た目より広い円形の座席に俺と千夏は対角に座った。
「この観覧車、一周が3分30秒なんで、閉園までの時間、3回分買いました」
「え~そうなの?」
「この観覧車、幸せの観覧車っていうじゃないですか」
「あ、そうみたいだね」
「この観覧車で告白すると、幸せになれるって。今、ネットで話題なんです」
「へ~、そうなんだ。知らなかったな」
「私、採用が決まって。今日、会社に打ち合わせに行ってきて。香港に赴任が決まりました」
「それは、おめでとう!良かったね」
「ありがとうございます。これも、腕のいいカメラマンさんのお陰です」
「そう、かな?」
ゆっくりと頂上に到達して、下っていく観覧車。久しぶりに乗った観覧車は、ビルの屋上だけあって、てっぺんまでくると視界がかなり高い。
俺は、高い所が苦手でさっきから、胸がゾワゾワとする。
唾を飲み込み、ぐっと足をふんばる。
千夏は、思いつめたように外を見つめている。
観覧車が一周したが、千夏が3周分チケットを買ったと言っていたのを思い出す。
俺は、内心、早く降りたかった。
「私、採用断ろうと思っています」
俺は、千夏を見つめた。
「私、この街から、離れたくないなって……」
千夏も俺を真っすぐに見つめる。
観覧車がまた、ゆっくりと頂上に上がって行く。
俺は、更に胸騒ぎを感じて
「どうして…?」
しまった、なんか、野暮な事を言ったぞ。
こうゆう時はと言葉を探すが胸のゾワゾワに気を取られて言葉が見つからない。
「私、奥村さんのこと、好きになってしまいました」
俺のゾワゾワは、観覧車が頂上になりさらに頂点になる。
ぐっと、足に力を入れて、踏ん張る。
ゾワゾワを悟られないようにわざと大きな声で「いや~……、びっくりしたな。俺を?」
「はい。まだ、出会ったばかりですけど」
「いいのかな」
「え?」
「俺を好きって言ってくれて、正直嬉しいけどさ。でも、夢を、君のやりたかった事をあきらめていいの?」
「ずっと、沢山考えました。でも、私。奥村さんに美味しいって、喜んでもらえる、食事を毎日作ってあげたいって。そうしたいって……これって、重いですか?」
「いや、嬉しいよ。前にも言ったけど、もしも、今度、その、結婚するなら、ストレスなく、料理を作ってくれる女性と…って思っているから」
観覧車が三週目になる。
俺は、腹を決めた。女性にそれも、めちゃくちゃタイプの理想通リの料理の上手い千夏に告白されて。
「君がそれで、いいなら。俺は、喜んで受けるよ」
千夏が、満面の笑みで。
「ちょっと、その顔、撮らせて!」
俺は、千夏にカメラを向けて、数枚シャッターを押す。
観覧車が地上に近づき、係員が待機しているのが見える。
俺は大声で、係員に「すいません。もう一周お願いします。お金は降りてから払いますから」
そして、千夏の横に座り直し、優しく千夏の肩を抱き寄せる。
千夏もゆっくりと、俺の肩に寄りかかる。
柑橘系のいい香りがする。
観覧車が頂上に着くころに俺達は、ごく自然に、キスをする。
ゆっくりと下っていく観覧車。
千夏のキスのせいか、俺のゾワゾワはピタリと止まった。
幸せの観覧車。
その中で告白すると幸せになれる。
千夏との未来を思い描き、ずっと、この街で幸せに暮らしていこう。
おわり