創造のあそび場

ボーダレスなストーリーをお届けします

こうして物語は生まれた「ホッピーを飲み×読み⁇ませんか?」第2弾!!

     

お題「#おうち時間

 

実は、ホッピーにちなんだお話は、もう1本あります。

これは、実際に銀座にある、『日本一美味しいホッピー』

が飲めるお店で検索して、私が、初めて、取材を兼ねて行き、

ホッピーを試飲したバーです。そこで、インスピレーション

を得た物語です。

実際、ポッピーもお料理もお店雰囲気もとても素敵でした。

もしも、この作品がコンクールで賞を受賞できていたら、

胸を張ってお店の方にも報告できたのですが……。

ですが、このお店のおかげで、この物語が生れました。

ご興味のある方は、どうそ銀座にお尋ねください~

 

今日は、いい天気!

お酒は夜のお楽しみとして!(^^)!

今日も、スマイル

 

~ここから、全文掲載します~

タイトル『ホッピー、一国を救う』

                 作 スマイル・エンジェル

【あらすじ】

 還暦の誕生日を夫が、祝ってくれると銀座のバーで待ち合わせをしたひとみは、その店に伝わるカクテル“やまと魂”(ホッピー)の誕生の秘話を店の女将から聞かされる。その秘話とは、この国を救い、そして、ひとみ自身の危機をも救う。

 

                   【文字数】

                    5501

 

 

 還暦のお祝いにと、夫が銀座から新橋に抜ける繁華街のバーを予約したと言う。

日頃、この界隈は、華道の師範の集まりや、買い物でよく訪れる好きな街だが、お酒をほとんど飲まない石原ひとみは、飲み屋が立ち並ぶ繁華街でその店を探すのに手間取った。

夫が手書きで書いてくれた地図を頼りに歩き探すが、間口の狭いのと、店の看板があっさりしていたので、何度か通リ過ぎていたようだ。

ひとみも迷う事を想定していたので、約束の時間より早めに自宅を出てきたが、店に到着したのは、約束の時間を30分も過ぎていた。

 

 カウンターだけの店は、金曜日の夜なのに客は誰もいない。

ひとみよりは一回りは上であろう白髪がっかた長い髪をアップにし、落ち着いた濃紺のサテン生地の上品なワンピース姿の女将が笑顔で出迎えてくれた。

ひとみは、その女将の存在に内心ほっとした。

こおゆうバーは、きっと男性のバーテンだけがいるもんだと思っていたから。

 ひとみが席に座ると女将が、温かいお茶を出してくれた。

『ご主人様からのご伝言で、あと1時間ほどは遅れるそうです』

 

 夫は、10年ほど前から、従業員300名ほどの情報機器を扱う中堅の企業の代表取締役をしている。先代の社長に見込まれた夫は、社内でもやり手の営業マンだったらしい。

ひとみは、ほとんど家庭を顧みない夫は、会社ではそれなりの評価を得ているだろうが、父親としても、夫としても、不満だらけだ。

今日だって、こうして、ひとみの還暦の誕生日を祝うと称して、この店を予約しているが、案の定、約束の時間にも間に合わず、初めて訪れた店でひとみはこうして一人で過ごしている。

そんなひとみの不満を知るはずもない女将は、

 『ご主人様から、いつも、奥様のご自慢を聞いていましたので、お目にかかるのを楽しみにしていました』

『主人が私の事を?あら、それは……』

『お料理が上手で、いつもお部屋をお花で飾られて綺麗にされていて。お二人の息子さんを立派に育てられて、しかも、ご主人様のご両親の介護をやりきって、更に、お若い時から続けられている華道の師範もされていると』

『まぁ、随分とおしゃべりですね』

『どんなに仕事で疲れていても、家に帰ると心から安らげると』

家では、ほとんど会話のない夫が、そんな事まで、他人に話していたとは。

事実ではあるが、ひとみは、自分の考えが及ばない夫の顔を見せられて、戸惑った。

初対面の女将にくすぐったい賛辞を浴びせられて、ひとみは、話題を変えようと店の中を物色した。

奥で静かにグラスを磨く40代のバーテンダーと目が合う。

バーテンダーは、ひとみに軽く会釈で応える。

女将が『長男です』と紹介してくれる。

そういえば、目元が女将と似ている。

『息子さんとご一緒にお店を切り盛りされているなんて羨ましいですね。家も息子が二人いますが、私の事なんて、相手にしてくれませんからね』

『この店は、私のお舅が、戦後この地域で2坪のバロック小屋から始めたんですよ。私は、2代目のこの子の父親と結婚して。なので、息子で3代目です』

ひとみは、奥の壁に飾られた写真を見つめて

『あちらに写っていらっしゃる方がご主人ですか?』

セピア色に変色した写真には、人民服の40代後半の男女と、並んで同年代の着物姿の女性とワイシャツに蝶ネクタイに髭を生やした男性が笑顔を向けている。

『はい、髭を生やしているのが、夫です。10年前に癌で亡くなりました』

『そうでしたか。奥様は、女優さんみたいですね』

『もう、30年も前の写真ですからね。こんなにおばあさんになりましたよ』

ひとみは、一緒に写っている人民服の男性を見つめる。

 

どこかで見た事のある人だけど、誰かしら?

服装からして、今や世界の中心となる、あの大国の…。

『あの~、ご一緒に写っている方は?……』

女将がひとみも考えた大国のかつての宰相だった人物の名前を告げた。

 

お舅が戦後にこの地でバロック小屋の2坪ほどの店から始めた当時、学生で留学していた大国の宰相は、店の常連だったそうだ。

お酒がとても好きだった宰相は、『ホッピー』を好んで飲んでいたと。

 

『ホッピーって?』

お酒をほとんど飲まないひとみは、その軽やかな名前を聞いても、それが、何だか全くわからい。

女将は、さぞ若い時は美しかっただろうと思える魅惑的な微笑みを浮かべて、

『うちの看板メニューなんですよ。是非、召し上がってください』

バーテンダーが、軽快にシェイカーをふる。

細見のロンググラスに注がれた黄金の液体にうっすらと浮いた泡。

バーテンダーが『“やまと魂”です』

と、ひとみの前に置かれたコースターにグラスを置く。

 

ひとみが、グラスを持ち上げるとほんのりと香ばしい香りがする。

ゆっくりと一口飲み込むと、冷たい液体が喉を通リ、口の中にほのかな苦みと爽快感が広がる。

 

ビールのような風味だけど、しつこくない香ばしさとほんの少しの甘さと、苦味のバランスのいいまろやかな味わいが心地よい。

 

“とても飲みやすいわ。”

アルコールが苦手なひとみでも、これなら抵抗なく飲める。

『ご主人様から、奥様は、お酒が苦手で、甘い飲み物も好まれないと伺いましたので。こちらなら、大丈夫かと思いまして』と女将が笑顔を絶やさないで。

 

『これが、ホッピー?というお酒なんですか?』

 

ひとみの質問にバーテンダーが、

『焼酎をホッピーという炭酸飲料で割ったお酒ですが、これに、当店では先代から伝わる秘伝のエッセンスをブレンドしています。このカクテルの名前の“やまと魂”とはあの写真に写っている方が名付けてくれました』

 

『やまと魂?』

ひとみは、なんだか慇懃なそのカクテルの名前に違和感を感じた。

 

ひとみの反応を感じて、女将が、写真を見つめながら、

『我が国が経済成長を続けてきた数十年前に、大きな貿易摩擦から、世界から孤立した事がありましたよね。ご存知、この国は、ほとんどの物資を海外からの輸入に頼っていますから、あの大国からの物資が途絶える事は、この国が亡びるほどの危機でした』

当時、まだ、小学生だったひとみは、後にその危機的状況がどんな事態だったかは知っている。

確かに、もしも、あのまま大国との関係が悪化していたら、今のこの国の繁栄はなかったとは周知の事実だ。

その時の宰相が、この店に飾られた写真の人物であるという。

『宰相は、もしも、この国が滅びてしまったら、自分が若い時に世話になったこの店の先代や、そして、何よりも、このお酒が二度と飲めなくなるのは忍びないと。あの大国は“井戸を掘った人を忘れてはいけない”という、恩義を重んじる国です。宰相がその危機を回避してくれた恩人なんですよ』

 

時は、終戦後から数年後の日本。

隣国からの20歳過ぎの青年が、我が国の大学に留学していた。

我が国も、復興の中で誰もが貧しく、生きて行くだけで精一杯な世情。

その青年も、国費での留学生だが、日々の食事にも事欠くほどの生活だった。

やせ細った体だが目には自国の未来の発展の為にと情熱たぎる力が漲っていた。

しかし、この国に来て半年が過ぎた頃、その青年は、寝る間を惜しんでの勉強、言葉もろくに通じず友人もなく、孤独と空腹との戦いに将来への展望も目標も萎えてしまっていた。

沈んだ鉛のような心を抱えた青年は、ある日、偶然通リかかったバロック小屋で、店主から、一杯の酒を振る舞われる。

その酒を飲み干した青年は、拙い日本語で店主に、

『祖父が作っていた酒にとても似ている味です』としばらく涙ぐんだ。

支払うお金がないと辞退する青年に、

店主は『あなたが、偉くなったら、支払ってください』と言い、

もつ煮込みと酒をふるまう。

その青年は、時折、この店を訪れた。

その度に店主は、出世払いと言い青年に酒とつまみをふるまった。

青年は、酒を飲み、店主との語らいで萎えかけた気持ちを再び奮い立たせて、数年間の留学期間を最優秀の成績で学業を終える。

その後、青年は、自国に帰国し、その30年後に再び、来日した時は、

大国の宰相となり、妻と一緒に多忙なスケジュールの合間を縫い、

2代目となったこの店を訪れた。

その時、撮影された写真だと。

 

あの大国とこの国の間にそんな秘話があったとは。

――やまと魂――

ひとみは、カクテルにつけた宰相の心意気に思いをはせ、

『宰相は、井戸を掘った人を忘れなかったんですね。ステキなお話ですね』

『それから、人づてにこのエピソードが伝わって、難しい政治の交渉やお仕事の商談の時に、この店で“やまと魂”を交渉相手と一緒に飲むと成就すると言われましてね。ご主人も何度か、お使い頂いています』

『そうなんですか。それは、また。――夫は、家ではほとんど話さないので』

『そうですよね。ほとんどの男性は、そうじゃないですか。私も、主人が生きている時は、子育てもしてましたから、お店にはほとんど出ませんでした。なので、我が家でも、いつも会話のない夫婦でしたよ』

『そうなんですか。家の主人は、仕事ばかりで。今日だって、こうして約束の時間にもこないですから』

『実は、ご主人様から、今日は、大切な日なので、お店を貸し切りにして欲しいと言われました。奥様が一人でも居心地が悪くないようにとのご主人の配慮なんですね。』

金曜日の夜にこの繁華街で客が入ってこないのはと不思議に思っていたが、夫がそんな気の利いた事をするとは。

 

さらに女将は、笑顔を絶やさずにとどめの言葉をひとみに放った。

『生れ変わっても、また、奥様とご夫婦でいたいと仰ってましたよ』

 

『あの、うちの夫がですか?』

『はい。ご主人様が、そう、仰ってました。本当に奥様を心から愛していらっしゃると、うらやましいなって思いました』

 

ひとみは、女将の顔をじっと見つめた。

笑顔を絶やさない女将は、人を欺くような目をしていない。

ひとみは、自分の心の奥に隠している夫への思いをこの女将に見抜かれたような気がした。

今年で夫は、定年になる。

それをきっかけにひとみは、夫との離婚を考えていた。

 

数年前に、義理父、義理母の介護を終えた。

二人の息子も社会人になり数年したら、きっとそれぞれの家庭を持つだろう。

これからの夫との二人きりの生活。

ずっと仕事ばかりだった夫が、定年を迎えて、どんな生活になるか。

世間では、夫婦でゆっくり旅行したり、同じ趣味を楽しんだりと穏やかな暮らしを描くようだが。

 

『私も、何度か夫と別れたいって、思いましたけど』

との女将の『私も』との言葉にひとみはドキッとした。

『うちの夫は、こっちがね』

と女将は、小指を立てた。

こんなに綺麗な奥様が居ても男は浮気するのだ。

ひとみは、息子であるバーテンダーが気になり、そっと窺うと素知らぬ顔だ。

息子にも公認なのか女将は更に

『それも一人じゃないんですよ。私が知っているだけでも、5人、いや7人はいましたね』

『はぁ~、そんなに。随分おもてになったんですね』

『でも、夫に先立たれた今となっては、それも含めて、やっぱり好きだったんだなって』

『ご主人がですか』

『はい』

 

ひとみは、自分の夫への気持ちはと自分に問うてみる。

大学時代に出会って、数年間の恋愛時代を経て、結婚して子供が生まれて。

 

――あの時は、あんなに好きだったのに――。

 

いつから、夫に何も期待しないようになったんだろう。

 

バーテンダーがひとみの空になったグラスをさげて

『もう、一杯いかがでしょうか?』

『では、もう一杯“やまと魂”を』

“やまと魂”をゆっくりと飲みながら、ひとみは、ぼんやりとした頭で女将が言った夫の言葉を考えた。

 

『生れ変わっても、また、奥様とご夫婦でいたいと仰ってましたよ―――

本当に奥様を心から愛していらっしゃると、うらやましいなって思いました』

夫は、仕事一筋の真面目な男だ。

少なくともと、女将の夫のように、ひとみ以外の女性に心をうつした事はないはずだ。

私は、本当に夫と離婚したいの?

本当に?

夫は、私の事を生れ変わっても一緒になりたいと思ってくれている。

 

ひとみは、店の壁に飾られたセピア色の写真を見つめた。

 

還暦とは“もう一度生まれた時に戻る”時。

あとどれくらいの時間が自分達に残されているのかはわからないけど、今日まで、こうして、人並み以上に生活してこれたのは、夫のお蔭だ。

 

ひとみは、急に自分が夫に抱いていた思いが、自分本位の身勝手な思いだったと。

 

その時、店のドアが開き、ドア一杯の深紅のバラの花束がひとみの視界に飛び込んできた。

そして、照れ臭そうな表情の夫が、顔を見せる。

 

還暦には、“魔除けの意味で赤い物”を身に付けるとの言い伝えから、

息子達が、ひとみの還暦を祝うとの話が出た時に、

『お母さんも、やっぱり、赤いちゃんちゃんこ着る?』と言われた。

『やだ~。私は、“赤いちゃんちゃんこ”なんて絶対に着ないからね!』

と言った言葉を思いだす。

あの時、知らん顔の夫だったけど、ちゃんと、聞いていたんだ。

 

還暦のお祝いに“魔除けの意味で赤い物”と夫は、思案して、お花が好きなひとみのために持ち切れないほどの深紅のバラを用意してくれた。

 

女将が満面の笑顔で『お待ちしていましたよ』

 

深紅のバラの花言葉は“不滅の愛”。

 

バーテンダーが、シェイカーを振り、二つのロンググラスに

カクテル “やまと魂”が注がれる。

 

『お誕生日おめでとう。これからも、よろしくお願い致します』

夫が深く頭を下げる。

ひとみは3杯目のカクテル“やまと魂”を飲み干す。

 

そして、ひとみは、どうやら、このカクテルの魔法にかかったようだ。

バーテンダーが言ったカクテルに入れた秘伝のエッセンスに。

 

『カクテル“やまと魂”を交渉相手と一緒に飲むと難しい交渉事が成就すると言われましてね。ご主人も何度か、お使い頂いています』

 

                             おわり