創造のあそび場

ボーダレスなストーリーをお届けします

こうして物語が生れた「アート力が世界を変える」

 

 

この本に触発されて、

生れた『架空のアート村』の物語

 

 

 

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ある短編小説の投稿用に書いた作品「めざめの森」

もともと、アート鑑賞が趣味だったので、近くにこんな癒しの森があったらいいな~という思いで作品が生まれました。

上記の本を読むといかにアート感覚が、様々なシーンで大切かということがわかります。

ご興味がある方は、是非、ご一読ください。

 

私の作品も、是非、ご一読頂けると嬉しいです。

   

 

 

   ~私の書いた作品『めざめの森』より一部抜粋~

「アートの力ってすごいんだぞ。世界のグローバル企業が有名なアートスクールに幹部候補を送りこんで、美意識を鍛えているんだよ。ビジネス界でもアートの感性が切に求められているんだよ」 「ビジネスマンが美意識を鍛えるのか」 「そう。今、アメリカではMBAよりも、MFAを持っている人材の方が重宝されているしな」 「MFA?」 「Master of Fine Arts美術学修士だよ」 「へぇーそうなんだ」 「給料も待遇も、MBAを持っているより、MFAを持っている人の方が圧倒的に高く評価される時代だよ。不景気になってもモノだけはあふれ続ける世の中で、ある商品・プロダクツを買うか買わないかは、デザイン性・アート性が重要視される。 そのために、物事を映像的にとらえたり、デザイン性を大学院で徹底的に研究してきたMFAを持っている人が、売上に最も結びつきやすいスキルを持っているということで高く評価されているんだ」 さらに長谷川は熱ぽく 「それにアートの力は、ビジネス界だけではないんだ。世界の有名な美術館とカナダの国立大学が共同研究をして『アートが健康に与える影響』を調査した結果、アートが人の『幸福度』『生活の質』『身体的な健康』を向上させるって結果がでたんだよ」 「ほ~。それはすごいな」 「今後、美術館や美術鑑賞が、高齢者の心身の健康を維持する重要なパートナーになる事を証明するプロジェクトも始まったんだよ」

 

 

 

 

~ここから「めざめの森」全文掲載します~

 

 作品タイトル

「めざめの森」

  著者名:スマイル・エンジェル

 

 

 

【あらすじ】

42歳の秀樹は、妻との離婚、職場の左遷、そして、母が心筋梗塞で倒れる。

その時に、嫌いだった生れ育った街に、中学の同級生で世界的に成功したアーティストの長谷川が、自分の作品を展示するアート村を作る構想を知る。

台湾からの留学生の麗華との出会いや長谷川との友情で、秀樹の新しい人生がはじまる。

 

文字数:10、000

 

 

 

俺は、生まれ育った街が嫌いだった。

生れ育った街は、東京といえども、他県との県境で、少し離れたちょっとした観光地として栄えている街とは違う。

駅前には、数年前にやっとコンビニができた何もない街だ。

実家は、数件の店舗が寄り集まる場所で、日曜品と肉を売る雑貨店を営んでいた。

しかし、近年は、車で行ける大型スーパーやネット通販、そして、駅前にできたコンビニの影響で経営が悪化。

3年前に親父が亡くなったのを機に、店を閉めた。

 “将来は、ここから出て都会で暮らそう“

そう強く思うようになったのは、大学受験を控えた高校3年生の時だった。

そして、通学に不便だからとの親の反対を押し切り、都心にキャンパスのある大学に進学を決めた。

大学から地下鉄で通える都内に一人暮らしをし、そのまま結婚して、実家のある街には年に一、二度、と帰る程度だった。

 

一人暮らしをしていた母親のとみが、心筋梗塞で倒れたと近所に住む幼なじみの母親から連絡をもらい、病院にかけつけた。

幸い処置が早かったので、半月ほどの入院で退院できるそうだ。

 

病院からの帰り道、駅のホームでベンチに座り、スマホで時間を確認すると、次の電車は、30分後だ。

毎日、数分感覚での地下鉄の移動に慣れているので、うんざりする。

ホームから空を見上げるとあつい雨雲で覆われていて、今にも雨が降りだしそうだ。

数日前に、妻の美幸の告白から、ずっと天気が悪い。

梅雨時だからあたりまえなのに、まるで、今の俺の心を映したような天気だなと思う。

「ほんとについてないな」と思わず口に出してみる。

そうすると、悔しさと、悲しさが入り混じった感情がウワッと込み上げる。

スマホの待ち受け画面の、昨年に美幸と行ったサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジを背景に微笑む自分と美幸の笑顔をじっと見つめる。

 

「赤ちゃんができたの」

見ていたテレビから目を離し、食卓を片付けている美幸を見た。

美幸も、片付ける手を止めて、覚悟したように俺を真っすぐに見つめて

「ごめんなさい。私、産みたいの。だから、別れて欲しいの」

「何、言ってんだよ。赤ちゃんって……はぁ~?」

結婚して数年後に病院で調べたら、俺に子種が無いとわかった。

落ち込む俺に、美幸は

「私、本当は、子供が好きじゃないから、二人だけの生活を楽しみましょう」

それが、美幸の本音だと思っていた。

でも……。

「私、今、36歳でしょ。これが、最後のチャンスだし」

「だって、俺たちは」

美幸は、怖い顔をして

「だから、別れて、って言ってるじゃない」

その美幸の言っている意味を理解するのには、それから、数秒かかった。

頭では“美幸が妊娠したというのは、俺の子供ではないよな”との答えが出たが、その前後の展開がわからなくなった。

重く長い沈黙の後に、やっと

「誰の子供なんだよ」と自分に言うように呟いた。

子供の父親は、同じ会社の後輩社員だと言ったきり美幸は、黙ったままだった。

その夜、一人リビングで一睡もできずに朝を迎えた。

 

美幸とは、友人の紹介で知り合った。

ほとんど俺の一目惚れだった。

外見も、華やかな美人系で、都会で生まれ育ったせいか、洗練されたファッションや海外生

活の経験もあり、歳下でも成熟した女性の魅力に溢れていた。

 

電車がホームに入って来て、停まった目の前の車両に乗り込むと、平日の午後だからか客はまばらだった。

目の前に座っていた老婆が、出発した電車の窓から不安そうに駅のホームを覗いていて、乗ってきた俺の横に座り、手に持っている紙を見せくる。

漢字で書かれた字は、実家のある街の駅の名前だった。

老婆は、書かれた字と過ぎ去っていく駅を交互に指さして俺の顔を見つめる。

どうやら、同じ駅まで行くようだった。

「ここからあと5駅は乗りますよ」

そう言っても老婆は、きょとんとしてる。

聞こえないのかと思って、少し老婆に近づき、片手でパァをして大きな声で、ゆっくりと

「あと5駅乗りますよ」と言う。

老婆は、俺の出した手と顔を見比べてもう、一度、駅の名前が書いた紙を見せてきて、中国語で訴えるように言う。

どうやら、老婆は、日本語が全くわからないようだ。

俺がスマホの翻訳アプリを出して、かろうじて老婆と対話をすると、娘が働く店が、実家のある駅にあるらしい。

その駅で俺が降りると知って安心したのか、老婆は穏やかな表情になり、大きな荷物を抱えて、流れていく窓の外の景色を見つめている。

実家のある駅に降りると駅前のコンビニの前に数人の男子高校生が、菓子パンを頬張りながらじゃれ合っている。

その横を通り抜けて、コンビニに老婆と一緒に入ると、レジにいた若い店員の女性が驚き

「ママ!」と大声で言い、レジから出て来て老婆と抱き合った。

暫く早口の中国語で話しているので、二人に笑顔を向けて店を出た。

 

実家に着き玄関に入ると、とみの履き古したサンダルが置いてあり、数日留守にしているせいか、埃とカビが混ざったような臭いが鼻についた。

 

居間に入ると、広げられた新聞や、飲みかけの湯飲み茶わんが置かれたままだった。

とみは、このテーブルにうつ伏せて倒れていた所を、連絡をくれた、幼なじみの母親に見つけられた。

あと数時間、発見が遅かったら、確実に帰らぬ人となっていたそうだ。

どっかりとその場に座って、あおむけになって寝ると、ここ最近の災難が頭の中を巡る。

 

俺は、食品メーカーで企画営業の仕事をしている。

営業成績はヒット商品も連発していて、部下も数人抱えるマネージャーとして年収も、同世代の中ではいい方だ。子供もいない友働きだから、交通の便の良い都心の2LDKのマンションに暮らしていても、夫婦でお互いの趣味を満喫できる生活ができている。

そして、美幸からの衝撃の告白をされて、落ち込んでいた矢先に、人事部の部長から、来月から下請けの工場への出向を命じられた。

その工場は、他県にあり通勤には片道3時間はかかる。

通うには大変なので、転勤となるだろう。

隣に座っている、上司は、「そういう事だから」と目をそらして、先に部屋を出て行く。

先月、俺が担当していた食品から、産地の偽装が発覚した。

この不祥事で、取引先の大手スーパーから、大変なクレームになり業者を使用した責任を俺が取るという体裁だろう。しかし、その業者の起用を強引に決めたのは、上司だった。

俺は、上司に従っただけだったのに。

事情を知った、他の部署の同僚には、運が悪かったなと肩を叩かれた。

出稿とは言っても、事実上左遷だ。嫌なら、辞めてもいいと言うことだ。

そんな職場には、もう、俺の居場所はない。

そして、会社には、母親が倒れたのでと、1週間の休暇をもらった。

 

順風満帆の人生から、一転して深い転落の穴に落ちたような、やり場のない暗く憂鬱な気持ちで一杯になった。

 

とみの入院を知らせてくれた母親の息子で、幼なじみの佐々木啓太が心配して訪ねて来た。

啓太の実家は、この辺りの広大な土地を所有する地主で、子供の頃は、啓太の実家が所有する森に秘密基地を作ってよく遊んでいた。

母親同士も仲が良く、実家の店によく啓太の母親がおしゃべりにきていた。

啓太は、大学を卒業後、この街から数駅離れた駅にある信用金庫に就職し、その近くに住んでいる。

啓太が、部屋に入り、あぐらをかいてネクタイを外すと、持って来た缶ビールを開けた。

俺がグラスを探しに行こうとするのを制して「このままでいいよ」と、俺が開けた缶ビールに乾杯とする。

啓太とこうして、ゆっくり会うのは、結婚した時以来だから、10年ぶりくらいだ。

「おふくろさん、大丈夫か?」

「ああ、啓太のお母さんのお蔭で命拾いしたよ。ほんと、いつもありがとうな」

啓太の母親が一人暮らしのとみをいつも気にしてくれていた。

「俺も、少し離れた所に住んでいるから、実家にはたまにしか帰らないしな。俺の所は、まだ夫婦二人で元気だからいいけど、これから先、どっちかが先に逝ったら一緒に住むかと思っているよ」と啓太はビールを飲み干し、袋からホテトチップスの袋を出して開けて頬張る。

「じゃあ。近い将来、啓太は、ここに戻ってくるのか」

「そうだな。そうなるかな。あ、そうだ。中学の時に同じクラスだった長谷川純、憶えているだろ」

「ああ。今じゃ、世界的な有名人だしな」

長谷川は、小学校・中学校の同級生だった。

長谷川は、高校を卒業してから、ヨーロッパを数年放浪して、その後、アメリカのニューヨークで現代アートの制作に取り掛かり、今では、“ジュン・ハセガワ”の愛称で世界中に認知されて、作品は、リトグラフや版画でも数百万の値がつく。

原画ともなると1点数千万の作品もざらだ。

「長谷川から、連絡もらってさ。うちの所有している雑木林を売って欲しいっていうんだよ」

「長谷川が」

「あの雑木林を自然を残した状態でアートの施設を作りたいってさ。長谷川いわく『アート村』を作るんだって」

「アート村?」

「俺も、その話を聞いてな。色々調べたんだけど、瀬戸内海の島も丸ごと島全体に著名な現代アート作家の作品を置いたり、美術館を作っていてさ。世界中から観光客やイベントでアーティストが来たりして、賑わっているんだよな。だから、この街も、そんなふうに、街おこしっていうか、観光地として復興させたいらしいんだよ」

「へぇ~長谷川が、この街をそんなに愛していたとはな」

「俺も、長谷川がなんで、今さらこの街をって、思ったけどな。あいつなりにこの街に思い入れがあるみたいでさ。数日前から、うちの雑木林でキャンプしてんだよ」

「キャンプとはな」

「この辺りには、宿泊施設もないしな」

「だな。やっと駅前にコンビニができたくらいだしな。で、長谷川に土地を譲るのか」

「ああ。そうするよ。親父が元気なうちにさ。こんな寂れた田舎の街の雑木林だ。俺が受け継いでも税金がかかるだけだし、いい条件で売れるわけでもないしな。それに俺も、生れ育った街が賑やかになるのは、嬉しいしな」

啓太から、長谷川の構想を聞いて、今の長谷川の世界的な知名度を考えたら確かに作品を求めて世界中から人が押し寄せる観光地になるだろう。

しかし長谷川が、この寂れた田舎街を選んだ理由が理解できない。

俺にとっては、この生れ育った街からずっと離れたかったし、今も、その気持ちは変わらない。

 

中学時代の長谷川は、いつも一人でいる物静かで目立たない存在だった。

俺は、それなりに勉強もスポーツもこなしていて、クラスの中でも一目置かれている存在だった。

しかし、試験の結果は、いつも長谷川が学年の一番を取り、俺は、その次。

体育祭でのリレーでもアンカーをするのは長谷川だった。

そして、俺が、長谷川に嫌悪感を抱いたのは、ずっと好きだった同級生の女の子に告白した時に好きな人がいると言って振られた。

そして、しばらくして、その好きな女の子が長谷川と付き合いはじめたのだ。

その時から、勝手に長谷川に嫉妬した。なんかあいつには叶わないとのコンプレックスがあった。

その長谷川が中学3年生の2学期に家族と他県に引っ越し、転校して行った。

噂で、父親が失業して借金があり母親の実家に世話になるためだと知った。

だから、その後、長谷川とはずっと会っていない。

 

「秀樹はこれからどうするんだよ。おふくろさんが、こうなったら、引き取るのか?奥さんは、どうなんだよ」

「どうって?」

「おふくろさんと同居するとかってさ」

「実はさ」

美幸とのここ最近の状況について、すべてを話した。

「美幸との結婚生活の間に正直、何度かは他の女性と付き合ったりもしたよ。でも、それは、ほんの気晴らしっていうかさ……でも、美幸は、別の男と、子供まで作ってさ。

いや~まいったよ。こんなことになるとはさ」

「そうか……それは、きついな」

「青天の霹靂ってやつだよ。おまけに、仕事でも、上司の不祥事の責任を取って関連会社の工場に出向を命じられて、あげく母親が倒れたときたしな。男42歳。大厄だっていうけど、こんなに一度に災難がくると心が挫けるよ」

と言ったら、自分でも驚くほど、涙が溢れて止まらない。

啓太は、俯いて何も言わない。

美幸からの告白からの憂鬱な日々が心に澱のように固まり重くのしかかる。

梅雨空の天気のように、心にどんよりとた雨雲が垂れ込めているようだ。

しばらくして、今日は、実家に泊まるという啓太を見送り、

そのまま、居間で横になったらいつの間にか眠ってしまった。

 

翌朝、駅前のコンビニで朝食用におにぎりとカップの味噌汁を買おうとすると、レジにいる昨日の女性がにこやかに

「キノウハ、アリガトウ、ゴザイマス」

ネームプレートを見ると楊麗華とある。

「あ~お母さんね」

「ハイ。タスカリ、マシタ」

「君は、日本に来てどれくらいなの?」

「ハイ、6ッカゲツ、デス」

「日本語うまいね」

「イエ、ニホンゴ、ムズカシイ」

麗華は、全く化粧っけがないが、肌がきれいで、なにより笑顔がとてもチャーミングだ。

「ココニスンデ、マスカ?」

なんて答えていいかためらうっていると

「カンコウ、デスカ?」

「観光か……こんな何もない所に観光に来る人なんて……俺の実家がすぐ近くにあってさ。今はやってないけど『高田商店』っていう看板があるんだけどさ。元、肉屋っていえば、誰でもわかるよ」

「オニクヤ、サン?」

「元ね。今はやってないけど」

「イイデスネ」

何が、いいんだかわからないけど、俺は、適当に話を切り上げてコンビニを出た。

 

昨日、啓太が言った長谷川の話を思い出した。

ここが、アートの村になったら、世界中から観光客が来るのか。

そうなったら、自分はどうするかとぼんやりと考えた。

 

とみの病室に行くと、驚いたように「仕事はいいのかい?」

「ああ、ずっと忙しくて、休みも取ってなかったからさ。少し、休暇をもらっているんだ」

「美幸さんは?」

いつかは、言わなければならないので覚悟して

「俺たち、離婚することになったんだ」

とみは、俺の顔をしばらくじっと見つめて「もう、だめなのか」

「ああ、だめだね」

それきり、とみは、美幸とのことは何も聞いてこなかった。

 

病院からの帰りに、啓太に教えてもらった長谷川が滞在している、森に向かった。

ここに来るのも、かなり久しぶりだ。子供の頃は、啓太と秘密基地でよく遊んだが、高校生になってからは、ほとんど寄り付かなくなった。

その頃から、この何もない退屈な田舎の風景にうんざりしていて、刺激的な都会の生活に憧れていた。

森といっても、無造作に伸びた木々が生い茂る雑木林で、全く整備されていない。

でも、森に足を踏み入れた時に湿った葉から、むせるような緑の匂いがして、懐かしさが込み上げてくる。

どこまでも続くような雑木林を少し歩くと遠くに赤いテントが見えてきた。

 

テントに近づくとその横にイスに座って長谷川が、居眠りをしている。

胸元には読みかけの本が広げられている。

声をかけようか迷っていると、長谷川が目を覚ます。

俺は、長谷川の最近の映像はいろんなメディアで見て知っているが、長谷川は俺を分からないようだ。

それもそうだろう、30年近くも経っているんだから。

「あ、あの。覚えているかな。俺、中学の時、同じクラスだった高田」

長谷川は、俺の顔をじっと見つめて「高田…あ~肉屋の?」

「そう。肉屋の」

「久しぶりだな。で、どうして、ここに?」

「啓太から。佐々木啓太から聞いたんだ。ここにいるって」

「え~?それで、わざわざ訪ねてくれたの?」

実家の母親が倒れて見舞いに久しぶりに実家に戻り、啓太から長谷川のアート村の計画を聞いた事などを話した。

 

風呂に入りたいと言う、長谷川が俺の実家で風呂に入っている間に、簡単な夕食を準備した。

 

風呂から上がった長谷川と食事をしながら、お互いがすっかり打ち解けて長い空白の時間を一気に埋めるように話が尽きなかった。

長谷川は、饒舌に

「アートの力ってすごいんだぞ。世界のグローバル企業が有名なアートスクールに幹部候補を送りこんで、美意識を鍛えているんだよ。ビジネス界でもアートの感性が切に求められているんだよ」

「ビジネスマンが美意識を鍛えるのか」

「そう。今、アメリカではMBAよりも、MFAを持っている人材の方が重宝されているしな」

「MFA?」

「Master of Fine Arts美術学修士だよ」

「へぇーそうなんだ」

「給料も待遇も、MBAを持っているより、MFAを持っている人の方が圧倒的に高く評価される時代だよ。不景気になってもモノだけはあふれ続ける世の中で、ある商品・プロダクツを買うか買わないかは、デザイン性・アート性が重要視される。 そのために、物事を映像的にとらえたり、デザイン性を大学院で徹底的に研究してきたMFAを持っている人が、売上に最も結びつきやすいスキルを持っているということで高く評価されているんだ」

さらに長谷川は熱ぽく

「それにアートの力は、ビジネス界だけではないんだ。世界の有名な美術館とカナダの国立大学が共同研究をして『アートが健康に与える影響』を調査した結果、アートが人の『幸福度』『生活の質』『身体的な健康』を向上させるって結果がでたんだよ」

「ほ~。それはすごいな」

「今後、美術館や美術鑑賞が、高齢者の心身の健康を維持する重要なパートナーになる事を証明するプロジェクトも始まったんだよ」

「それで、あの森をアート村にしたいんだ」

「俺は、長いこと日本を離れて海外に住んできてさ、ふとこれからの人生をどう生きるかって思った時に、無性にここに帰ってきたくなったんだよ」

「こんなに何もない田舎にか?」

「そうだな。ここは、東京だけど、何もない田舎だ。温泉もなければ、川もない。寂れた街だよ。でも、俺は、生れ育ったこの街が好きなんだ。それにあの森がね」

「あの雑木林がか」

「そう。俺にとっては、あの森は『めざめの森』なんだよ」

「めざめの森?」

「子供の頃、よくあの森で遊んだんだ。よく、落ちた枝や木の実や葉っぱで色々作ったり、

昆虫や蝶を採ったし。それに啓太と君の秘密基地にも忍び込んだんだ」

「それは、知らなかったな」

「ほんとは、啓太と君が仲良くしているのが、羨ましかったんだ。でも、素直に自分も仲間になりたいって言えなかった」

長谷川が、俺達をそんな風に思っているとは、驚いた。

その日は、遅くまで長谷川と語り合い、そのまま眠ってしまった。

玄関のチャイムで目覚めると、もう昼近くになっていた。

長谷川は、森に帰ったようだった。

玄関に出で行くとコンビニで働いている麗華と台湾から来たマダム楊が立っていて

「ママガ、コノアイダノ、オレイニ、コレツクリ、マシタ」と麗華がビニール袋に入った物を差しだす。

マダム楊は、満面の笑顔で中国語でまくしたてる。

俺は、麗華に助けを求める視線を送ると

「コレ、ママガ、ツクリマシタ。トテモオイシイデズ」

袋の中を覗くといい具合に焼き色がついた餃子が入っている。まだ、温かい。

部屋に二人に上がってもらい、冷たいお茶を出して、俺は、頂いた餃子を食べる。

皮はもっちりしていて、口の中にジュワッと肉汁が広がる。

「うまい!!ママ最高!すっごく美味しいよ」

麗華がマダム楊に通訳してくれる。

マダム楊も喜び、俺に拝むように手を合わせてしきりに頭を下げる。

「ママハ、アナタハ、イイヒト。オンジン、ト、イッテイマス。ワタシモ、ママニ、アワセテクレテ、カンシャデス」

「そんな。普通そうするでしょ。で、楊さんは、何で日本に来たの?」

「アニメ、デス」

「アニメ?」

「ワタシハ、ジブリノ、アニメ、スキ、デス」

麗華が言うには、子供の頃からジブリ作品が大好きで、日本のアニメメーター育成の専門学校に入学する際に色々調べて、好きな作品の舞台に似たこの街が気に入り、学校にも通える距離のだからと住むことにしたそうだ。

「コノ、マチ、ダイスキ、デス」

「この街がね」

マダム楊が中国語で言うのを麗華が通訳してくれて

「ママモ、ココハ、タイワンノ、フルサト、ミタイダカラ、スキ、ダッテ、イッテ、マス」

親指を差し出しグーをしながら、しきりに頷くマダム楊。

台湾から、この田舎にそんな魅力を感じて移り住む人がいるんだ。

翌日、再び、森に長谷川を訪ねた。

森の中を少し前に長谷川が行きその後ろを俺がついて歩く。

「もう少ししたら、君たちの秘密基地があるよ」

「え~?まだ、あるのかよ?」

「自分の目で確かめろよ」

しばらく歩くと木や枝が細かく組み挙げているが、よく見ると小屋のようになっている秘密基地がある。

でも、それは、子供の頃、俺と啓太の作ったものではない。アーティスト長谷川の作品だ。

枝の暖簾のをくぐりぬけると、人が2人くらいは入れるスペースになっている。

先に長谷川が中に入り、それに続く。

長谷川がどっかりと地面にあぐらをかいて座る。

スペース的に狭いので、その横に俺も座る。

「なあ。いいだろ。この秘密基地」

外の光が木漏れ日がさして若干うすぐらいが妙に落ち着く。

「こおして自然の中にいると、すげ~エネルギーが湧いてくるんだよ」

「自然の中にいるとか?」

「ああ。だってさ、人類がこの世に誕生して約700万年の99.99%、ほとんどの時を自然の中で過ごしてきたんだよ。俺達の遺伝子は、本来、自然の中で生きることを渇望してるんだよ」

「俺は、逆だったな。一人っ子で、両親が細々と営んでいた店を継ぎたくなくて、大学から家を出てそのまま、都会で暮らそうって」

美幸との離婚になる経緯や仕事での挫折を打ち明けた。

全て話し終えても、しばらく長谷川は、黙ったままだ。

「少し、歩かないか」と言って長谷川が先に出る。

長谷川が、少し振り返りながら

「こうして、森の中を歩くだけで、気持ちがリラックスしてナチュラル活性が高まって、身体の免疫力が上がるっていう研究結果も出てるんだよ」

木々の枝葉から、空を見上げると雲の切れ間から太陽光が眩しい。

「正直、世界には、ここよりも環境も条件もいい森が沢山あるけどな」

長谷川は、立ち止まり、空を見上げて大きく息を吸い込み

「だけど、俺は、この森が好きなんだ。ここで、アート村を作って、世界中の人達に訪ねて欲しいと思う」

長谷川は、真剣なまなざしで

「手伝ってくれないかな」

「え?手伝うって?」

「ここには、宿泊施設や美術館、バーベキュー場も作る予定なんだ。俺は、年に半分はここにいる予定だけど、制作活動やイベントで海外に長期で行くこともあるから、できれば、君にここの責任者になってもらいたい」

「えっ?俺が?だって。え~俺が?」

「即答しなくていいよ。考えてえてくれよ」

空を見上げて、長谷川が

「もうすぐ、梅雨があけるな。暑くなるな」

一緒に空を見上げると、ギラついた日差しに頭がクラッとする。

 

長谷川と別れて一人で森を歩くと頬に心地よい風が通リ抜けていく。

美幸の裏切りや、仕事の挫折でどん底に落ちた気持ちが、今、森に来て長谷川に再会して、

新しい人生の扉が開いたような気持ちになった。

長谷川が言うように、この森は『めざめの森』なのかもしれないなと思う。

 

とみの病室を覗くと夕食が終わったばかりだった。

とみの好きな豆大福を差し入れると「ありがとう。ちょうど食べたいなって思っていたんだよ」と喜んで食べる。

「俺、ここに戻ってきてもいいかな」

「秀樹がそうしたいなら、そうすればいいさ」

「うん。ありがとう」

 

実家あるの駅に降りて、コンビニに寄ると麗華が私服に着替えて帰る所だった。

「コンバンワ」笑顔の麗華を見ると思わず

「ちょっと、付き合ってもらえるかな」

麗華を誘っても、この辺りには、気の利いたレストランもない。

街で唯一のカラオケスナックに行くと店のマスターが少し怪訝そうな顔をしてお絞りを出してくれる。

俺はコーラを、麗華はレモンサワーを注文する。

「ママは、いつまでここにいるの?」

「ハイ。1ヵゲツ、イマス」

「でも、君は、仕事と学校があるから、ママは、一人で退屈だろうね。ここは何もないしな」

「ダイジョブデス。ママ、ゴハン、ツクルノ、ダイスキ。イツモ、ゴハンツクッテ、イマス」

「そうだよ。餃子、美味しかったしな。また、食べたいな」

「ハイ。ママ、イツデモ、ツクリマス。ワタシモ、ツクリマス。イツデモ、ツクリマス」

運ばれてきたコーラーとレモンサワーで、俺達は、乾杯した。

 

それから、仕事を辞めて美幸とは離婚して実家に戻った。

その一年後。

元気になった母と、そして、新しい妻となった、麗華とマダム楊と実家を改装して台湾点心の店をオープンさせた。

店の看板は、おさげ髪の麗華をモデルにしたイラストを麗華が描き、背景を長谷川が描いてくれた。

店の中にも、長谷川の描いたリトグラフを数点飾っている。

点心の味も評判になり、また、長谷川の作品が見れるとあって、店は長蛇の列ができるほど繁盛している。

そして、今、俺は、長谷川の構想する「アート村」の責任者として、準備に奔走している。

来年には、この街が長谷川の作品が街中で見られる「めざめの森」として生まれ変わる。